2014年2月1日土曜日

最近の流行っぽい。

※ご注意

今日は思いっきり恣意的な文章になっておりますので,その旨ご理解下さい。


こんにちは。渡部です。




今回は,「三権分立」について勉強しようと思います。



と,いいますのも,ここ数ヶ月,仕事の関係で深夜に帰ることが多く,家でのもっぱらの楽しみはニュースを見て,時勢の流れを感じることぐらいしかないんです。

そうか,そう言えばもう2月ですね。

ついこの間大晦日だったような気がするのに。

時が過ぎるのは早いですね。世間の流れについて行けません。





ところで,少し前から思っていたんですけど,何人かの国民の投票によって選ばれたとおぼしき人物達が,何やら不穏な発言をしているような気がするんです。

あれ?これおかしいな?ぼくが司法試験の勉強していたときと違うことになっているのかな?おれはニュースを見ていたと思ったけど,フィクションの番組を見ているのかな?(稲川淳二さん風)

ということを,たまに妻に尋ねてみたりするんですけど,「貴様の言っていることは小難しくて分からん。」(意訳)と言われ,あぁ,まぁそうか,と思っていました。

で,何で今回こんな話をしようと思ったかというと,最近,ニュース見てて,「三権分立って無くなったの?」って思ったからです。

【説明しよう!】
三権分立とは,権力の濫用を防ぎ,国民の政治的自由を保障するため,国家権力を立法司法行政の相互に独立する3機関に委ねようとする原理である。18世紀のロック及びモンテスキューによって主張され,近代憲法に顕著な影響を与えた考え方である(広辞苑より引用。)


広辞苑にこう書いてありますし,私が学校で習ったのもだいたい同じような意味でした。

ただ,私が誤った三権分立を認識していると,話の前提が崩れるので,まず,私の頭の中身を整理したいと思います。

で,私の頭の中身を説明しようとするとめんどくさい長くなるので,図で示します。






ぼくの理解ではだいたいこんな感じです。

ちなみに,司法試験合格時,ぼくの憲法の成績は真ん中ぐらいの成績でした(たぶん)。

ちなみに,学生時代,ぼくの美術の成績は下から数えて1番目でした。ぼくの作品を見て美術の先生は苦笑いをしていました(お察し下さい)。

この点,私の尊敬する(いや,会ったこと無いけど。)高橋和之先生は,憲法Ⅰ(有斐閣)において,次のように述べられております。




権力が法に服するという意味での法の支配を実現するためには,第一に,権力が自己の服すべき法を自ら制定するということであってはならず,さらに,第二に,法に服したかどうかの最終的な判断権は,法に服すべき本人に与えられてはならない。服すべき法は,自己の意思では自由にならないものとして予め存在していなければならず,その法を守ったかどうかは,第三者によって判断されるべきなのである。ここに,法を制定する権力(立法権)と法を執行する権力(執行権),そして,その執行の法適合性を判断する権力(裁判権)が分離されてくる理由の1つがある。
【憲法Ⅰ・有斐閣第4版より。たぶん新しい版が出ていると思いますので皆様そちらをお買い求め下さい。】


これをスラっと読めて,「あぁ,なるほど!」と納得できた方は,今すぐロースクールに願書を出して法曹になって下さい,天賦の才があります。

意味が分からなくて当たり前です。これは果たして日本語なのかというぐらい難解な文章です。司法試験を勉強している人達は日夜こういう本を読んでいます。

というわけで,上記文章を意訳しますと,

「権力が暴走しないようにするには法(ルール)でしばんなきゃダメっしょ。」
「そんなら権力自身が法(ルール)を決められるんだったら意味なくね?(上記「第一に」)」
「たしかに(笑)」
「そんでさ,やっぱルール守ってるかどうかは自分では判断できないじゃん?(上記「第二に」)」
「じゃあ審判みたいなのがいるべ。」
「そしたら,権力行使者(執行権)とルール決める人(立法権)と審判(裁判権)いれば完璧じゃね?」

ということになります。

このような経緯で,上記のような図に近いイメージが固まるわけです。




さて。




そういえば最近,とある最高裁判所が,婚外子相続格差を撤廃すべく判決を出したらしいんですよ。

そうすると,なんか聞こえてくるんですよ。「家族制度が壊れる。」とか,「最高裁の決定は尊重しなければいけないが,いかに家族制度を守るかパッケージで議論しなければいけない。」とか。東京の方から。

例えば,例えばですよ?某最高裁判所が,ある国の参議院選挙を,大人の事情で無効にするのを止めてあげたんですよ。

そうすると,なんか聞こえてくるんですよ。「読めば読む程味のある判決だ…。」とか。霞ヶ関の方から。





は?





どうやら三権分立に関するぼくの理解が間違っていたみたいなので,図を修正しました。







間違えたらすぐに修正するのが大人のたしなみ。

そんなことを思っていたら,なんかまた聞こえてきたんですよ。「首相である私が,正しく行政機関が秘密特定しているかどうかを,国民の代表としても見る。」って。東京都千代田区永田町1−7−1の方から。







よく聞こえないけどそれ確か?






三権分立に関するぼくの理解はまだ間違っていたようなので,また図を修正してみました。





いや,違うな。





これだ!できた!完成した!何このカオス!四権分立!









まぁ何が言いたいかというと,なんかみんな大事なこと忘れてるんじゃないのかな,ということです。


それでは,今日は,高橋和之先生の上記著書より,私が好きな箇所(なんか受験時代の下線が引いてあった。)を引用させて頂いてしめたいと思います。




しかし,権力分立原理が実現しようとしたのは権力を法に服せしめることだけではない。
法の支配にとって不可欠な前提たる正しい法の制定の保証も,また,権力分立のねらいに入っていた。
いな,むしろ,権力相互間の抑制・均衡(check and balance)として語られる権力分立を考える場合には,正しい法の制定の確保ということこそ,その最も重要な目的であったというべきであろう。権力間の抑制・均衡を通じて正しい法の制定されることが期待されたのである。
正しい法が確保されれば,後は執行権者がその法に従うことを確保すればよい。この段階では,権力間の相互抑制はそれほど重要ではない。
むしろ,執行権は立法権に服すべきであるから,相互抑制の関係というよりは従属関係といった方がよいかもしれない。




そう。問題は立法府が「正しい法」を制定できるかが問題なんだ。

きっと,選挙無効確認訴訟をやっている人達は,そういう気持ちなんだ。




【21時51分追記】


正直言うと,今の日本のイメージはこんな感じだと思う。






















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