2014年6月9日月曜日

ぼくとけいじさいばん。

高校生の模擬裁判のお手伝いをすることになりました。渡部です。


ただ,裁判に関するアレコレを全て教えるのではなく,あくまで高校生達が自主的に考えて,ぼくはその考えの方向性が間違った方に行かないように生暖かく見守る保護者的立場のようです。


「教えずに理解させる」ということがいかに難しいことか。


教えちゃった方が楽なんですよね。こちらとしては。

ただそこは,自分で考えて辿り着いて得たものというのは,それこそが自分の糧になるので,「気がついてもらう」というのがすごい大事なんですよね。

法教育委員会っぽいことを言ってみました。


法教育委員会より押し付けられた拝命されたお金にならない後進育成というやりがいのあるこのお仕事なんですけど,今度高校生に刑事裁判の概要を教えに行くことになりました。

ただ,趣旨が趣旨で,レジュメも,単純に刑事裁判のことを書けばいい訳ではない(と私は思っている)ので,すごい作成が難しいと思います。難しすぎず,高校生が理解できる範囲で,だけど必要なことを全部載せる,という高難易度。

そこで,一緒に教えに行く後輩弁護士達に,「おれがレジュメ作るわ。」とメールしたところ,「大丈夫です。こっちで作るんで大人しくして下さい(意訳)」と言われました。


後輩から全然信用されてねぇ!


あれおかしぞこれ。自分で言うのもなんだけど結構出前授業とかも好評で,名指しで講義依頼とか来るぐらい法教育に関しては一家言ある実務家だと思うんだけどどうしt


そう言えば,今年,法教育委員会,全然出てねぇ!


ていうか去年も出てねぇ。完全に「あの人に講義頼んで大丈夫か?」扱いになっている。


というわけで,講義にあたって,ぼくの居場所が完全に無くなった気がするので,ここ(ブログ)で,「ぼくの考える刑事裁判」について語って鬱憤を晴らそうと思います。


注意① この内容は如何なる文献にも基づいていません。あくまで一実務家が考えるものとして捉えて下さい。

注意② ぼく自身刑事裁判を100%理解している自信なんてありません。そんな自信があったとするなら,それは自信ではなく慢心です。


第1 細かな刑事手続きなんてどうでもいい。

と,思っています。

冒頭手続の意味,尋問の禁止事項,書証の同意の効果,模擬裁判を行う上では覚えなければならないことがいっぱいあります。

が,しかし。

語弊をおそれず言えば,そんなのどうでもいい。

法曹になるならまだしも,高校生の段階でそんな訴訟法的な知識を詰め込んだところで,1日で忘れます。

その上,「主尋問では,原則誘導尋問は認められない!」という知識が,果たして将来どれぐらい役に立つのか,統計学上明らかになっていません(たぶん役に立たない)。

いや,それはそれで大事なんだけど,ぼくが思うに,「裁判という本質を分かった上でそれに取り組んでんの?」と感じることが多く,そこに目が向いていないと,その模擬裁判は将来クソの役にも立ちません。


だから,ぼくの場合,「へー,模擬裁判やるんだ。ていうかなんで裁判なんてやんの?」から始めています。

私は,裁判の本質を知ることが模擬裁判の意義だと思いますし,むしろそれを学ぶことは,将来法曹以外のどんな職業に就こうが必ず役に立つと思っています。


第2 なんで裁判するの?

「なんで裁判なんてするの?わざわざ税金を使ってさ。被害者からしたら,自分で殴り返したり,復讐できる方を望むんじゃないの?なんでわざわざ税金使って刑務所ってところにかくまう必要があるの?被害者が自分で復讐するのに抵抗あるなら,誰かを雇うか,あるいはそのとき初めて公務員が代わりに殴ってあげたり殺したりすればいいじゃん。他の人達からすれば,その事件なんて関係ないじゃん。なんで税金使って裁判とかするの?」


この質問に答えられる高校生は,経験上,ほぼいません。


「加害者にも権利があるから」とか,「被害者が加害者を見つけるのが大変だから」といった答えが返ってくることが多いですが,私基準だと,それは違います。


「お巡りさんが犯人捕まえてきた後だよ?なんで裁判なんてやるの?被害者自身が望むように復讐すればいいじゃない。」

この質問をすると,だんだん正解に近づいてきます。

「捕まった犯人が本当に罪を犯したのか分からないから?」

惜しい。

正解は,

「裁判制度がないと国家が崩壊するから」

です。


ちょっと長めの説明になります。

もともと人間は,原始時代,ウホウホ過ごしていました。

そこには「集」という概念は薄く,「個」という概念が強かったのです(たぶん)。

「個」どうしで争いが起こった場合,どのように解決していたかというと,「暴力振るって相手を倒した方が勝ち」という極めて単純な方法を採っていました(きっと)。

ところが,この方法,極めて単純ではあるものの,極めて非合理的な側面があります。非経済的と言ってもいいかもしれません。

そう,「解決するたびにどっちかが死ぬし,勝った方も痛手を負う」というものです。

人間が徐々に「集」で行動するようになり,集落や部族や,それが国家という名の「集」になればなるほど,その解決方法は非生産的となりました。

「集」が「個」に衰退することなく,「集」を維持するためには,「秩序」が必要です。

そう,「ルール」です。

「ルール」というものは,みんながみんな守るとは限りません。「ペナルティ」がないと,みんなが守ろうという動機が生まれないのです。

これが「法律」であり,「刑罰」であり,「裁判」です。

仮に裁判が無くなるとどういう事態になるかというと,私的制裁(リンチ)が横行します。

私的制裁を自由に認める国家は,必ず崩壊します。

何故なら,私的制裁は,権力や富を持っている人間であればある程行いやすく,また,限度なく行うことができるからです。

例えば,「お前おれを脅したから殺す。」ということもまかり通ることになります。

そう,国家以外の私人間の殺し合い(あるいは殴り合い)が普通にまかり通ることになります。

弱者である程,命の危険にさらされる「集」。

なんという世紀末覇者状態。

そこで,国家という名の「集」は,自身が存続するために,私的制裁を禁止する「ルール」を作ります。

禁止すると言っても,その「ルール」は守らないやつも出てきます。

そこで国家は,「暴力」を全ての私人から取り上げ,自身に「暴力」を集約します(警察機構をイメージして下さい。)。

そう,我々は国家が「暴力」を独占することによって平和に生活しているんです。

みんな認識してないけど,それ自体は非常に合理的なシステムなのです。



長くなりましたのでまとめますと,

裁判がないと殺し合いが始まるから

が,裁判の存在理由です。




第3 裁判ってどうやるの?

というわけで,とりあえずもめ事が起こったときは,国の管轄のもと,裁判で決着をつけようということになりました。

「ところで裁判ってなにをどうやるの?」

この質問に答えられる高校生は皆無です。

実は大人でもきちんと答えられるケースは少ないです。

裁判ってなんなの?

答えは,

証拠に基づいて事実を認定して刑を決める

です。

大事なのでもう一度言います。

証拠に基づいて事実を認定して刑を決める

もう一回ぐらい言っておきましょうか。

証拠に基づいて事実を認定して刑を決める




賢明な読者の皆様は,私のあからさまなフォントいじりにより,何が重要な部分なのかお察し頂いたと思います。

そう,大事なのは「証拠に基づいて」です。

「そんなの当たり前だろうお前は何を言っているんだ,週刊少年ジャンプのHUNTER×HENTERの連載が再開して嬉しすぎて頭でも狂ったか」と思われる読者の方もいらっしゃるかもしれません。

しかし,当たり前ではないのです。

実は「裁判」という制度自体は,中世からずっとあったのですが,現在の「証拠に基づいて」という部分は,歴史的に見ると最近形成されたものなのです。



少し話しは変わりますが,「裁判で真実を明らかにしたい」というお客様がいらっしゃいます。

そのお気持ち自体は大事なことなのですが,私はこう答えます。

「語弊を恐れず申し上げれば,裁判で真実なんて明らかになりません。」

理由は1つ。

人が裁いているからです。人ですよ?万能の神様じゃないんですよ?裁判官も,普段はコンビニ弁当とか食べてるんですよ?千里眼なんてあるわけないじゃないですか。

そう,真実を知っているのは神様だけなんです。

「自分は当事者だから真実を知っている」という方もいます。

でも,世界はあなたの目で見えているものが全てではないんですよ?

そのため,人間は,その歴史上,いろいろ裁判方法を試してみました。



ケース① カメの甲羅

これは確か中国です。
やっぱり人間は全てのこと分からないじゃないですか。
だから,「こいつが罪を犯したか」を,神様に聞こうと思いました。
でも神様は言葉で答えてくれません。
そこで,「カメの甲羅を火で炙って,その割れ方で刑を決める」という斬新なアイデアを実施してみました。
自分の命をカメに委ねる斬新な発想。廃れました。



ケース② 油

やっぱり神様に聞いてみようと。
仮に容疑者が善人(冤罪)なのであるならば,善人には悪いことが起きないだろうと。
そこで,「煮えたぎった油に手を突っ込んで火傷しなかったら無罪」という無理ゲーを実施してみました。
当時の人は真剣でした。



ケース③ お前魔女だろ

いわゆる魔女裁判です。
「お前魔女っぽいから,お前が人間であることを証明しろ!できないなら死刑!」
ぼくが思うに,魔女じゃないことが分かる能力を持っているのは,魔女だけです。




冗談に聞こえる例を挙げましたが,全て史実です。

何が言いたいかというと,こういったシャレにならない歴史を踏まえ,「人が人を裁くんだ,必ず裏付けがなければいけない!」という判断に至ったということです。

「証拠に基づかなければならない」という言葉だけ伝えると,あくまでそれが「ルールの一環」という認識レベルにしか達せず,「証拠に基づいているつもりかもしれないけどそれは証拠に基づいていない」というジレンマに陥ることになります。



根本的な認識として,

①人が裁く以上,その判断には誤りが混じると思わなければならない
②人が裁く以上,確かな根拠(証拠)が必要である
③人が裁く以上,結論ありきの推測等,証拠の評価を誤ってはならない

がなければならず,この認識を持つことは,必ずどんな仕事にも応用が利くのです。







ということを高校生にきちんと伝えられたらいいなー。



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