2015年1月10日土曜日

刑事弁護についてものすごい控えめに話してみた。

「刑事弁護でもっとも大事なことは,『愛』だ。」


去年高校生の模擬裁判のお手伝いをして,最後に一言求められたので,生徒にこう言った。

そしたら近くにいた後輩弁護士に笑われた。


新年明けましておめでとうございます。渡部です。


とあるきっかけで去年やった模擬裁のことを振り返る機会があり,そういえばそんなことあったなと思い出しました。

なんで笑われたんだろう。笑いを取りにいくつもりはなかったのに。あれか,普段お茶目なキャラなのにこんなことを真顔で言ったからダメだったのか。

で,あのときは時間の関係もあって,なんで私がそんなことを言ったのか,生徒にきちんと説明できてなかったなーと思い,今更ながら筆をとった次第であります。

とある情報筋によると,当時関わった高校生はこのクソダメみたいなブログをチェックしているらしいので,今回はあの子達向けの更新です。

こんなクソダメ読んでいる暇があったら期末試験の勉強でもすればいいのに。


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弁護士になって,友人から聞かれる質問ナンバーワンは,「なんで悪いやつの味方してんの?」です。

なるほど。



至極まっとうな疑問だと私も思います(真顔)



正直私は弁護士7年目。まだまだ弁護士としての技量の足りなさを痛感する毎日です。

刑事弁護のなんたるかなんて,語れるほどのキャリアも実績もありません。

幸いなことに,私はロースクールでものすごい腕を持つ弁護士の先生に刑事弁護の授業を教わることができました。

ただちょっと昔のことなんで授業の内容覚えていません本当に申し訳ござません。

だから,これから話す内容は,私個人の考え方ですし,今まで関わった人たち,事件,生きていく上で形成された性格などが総合的に重なり合って生まれたものであることをご了解ください。


話を戻します。

「なんで悪いやつの味方してんの?」という質問に対して,「それが仕事だから」という答えは,私は答えになっていないと思っています。

仕事というのは,何らかの意味があるからこそ仕事として成り立っているわけで,その答えはもはや禅問答に等しいと思っています。

「なんで悪いやつの味方してんの?」という質問に対して,「本当にそいつが悪いことをしたかどうか分からないじゃないか」という答えは,私はその通りだと思います。

無罪事件における被告人の負担は想像を絶するものですし,それがましてや再審無罪とか,被告人にとっても,被害者にとっても,あってはならない事態であります。

ただ,日本のおまわりさんはかなり優秀なので,全体の件数から見れば悪い事してない人を捕まえる確率っていうのはやっぱり低く,実務に出ればわかることなんですけど,結構本当に悪い事している人が捕まっていることが多いです(あくまで個人の感想です。)。

じゃあ私が「なんで悪いやつの味方してんの?」という質問に対して,「本当にそいつが悪いことをしたかどうか分からないじゃないか」と答えているかというと,そうは答えいません。

自白事件だって一生懸命やってますし,まぁ要するに「悪い事をやった人を弁護」しています。

ただ,それは「仕事だから」とか「生活のため」だからとか,そんなことは思っていません。




だって金のためにあんな頭おかしくなるような試験(注:司法試験)にチャレンジするなんてあり得ないじゃないですか!お金稼ぐならあれ(注:試験時間だけでも丸一週間もある司法試験)よりもっと楽な方法があるはずだ!



私の本音が見え隠れしましたが,我々はもっと志あってあの試験に臨んだはずです。「悪いやつの味方をする」なんて言葉で片付けられる仕事ではないはずです。



じゃー,私がどう思っているかというと,「なんで悪いやつの味方してんの?」という質問に対してどう答えているかっていうと,



「そいつをひとりぼっちにさせないため」



と答えています。

持論ですが,犯罪が無い社会というのはあり得ません。多数の人間がコミュニティーを形成する以上,様々な考え方をもった人間がいて当然ですし,コミュニティーの規模が大きくなればなるほど,ルールを破る(あるいは破ってしまう)人間が出現する可能性は統計的に増えるはずです。

とは言いつつも,この分業社会,人間が生きていくためには,コミュニティーを形成することが必要不可欠です。

要するに,人間が生きていくためには,コミュニティーを形成することが必要であり,そのコミュニティーには違反者(犯罪を行う,あるいは行ってしまった人)が出現することは必然であり,その結果,人間が生きていくためには犯罪者が生まれるコミュニティーの中にいなければならないということになります。



そう。「犯罪を行ってしまった人も含めてコミュニティーを形成する必要がある」というのが私の考えです。

犯罪を行ってしまった人をコミュニティーからパージすることはできません。

そのためには犯罪行った人全部を死刑にし,それでも犯罪は生まれるからどんどんどんどんパージ(死刑)し続けるというどこかのス◯ーリンも真っ青な社会のシステムを築かなければなりません。

ちなみにですが,みなさん「犯罪」をどこかよその話と思いがちですが違います。

「犯罪」は日常的に起こっていますし,あなたの近くでも日々起こっていますし,あなたが犯罪を行う可能性だってあります。

「自分は犯罪なんてしない,悪い事なんてするわけがない。」という方も多いでしょう。

ご安心ください。捕まっている人の99%はそう言っています(注:個人の感想です)





捕まったら大変です。学校にはいけない,会社にもいけない,人と会えない,いっぱいキツいことあります。

が。

何が一番きついって,捕まったことにより,友人,家族からも見放されて,本当の意味で孤独を味わうことです。

これ,本当に辛いんです。もちろん,ご家族も辛いことは十分わかりますが,本人が一番辛いんです。この世で一人っきりになったことあります?想像できます?本当に自分が存在している意味がわからなくなったことあります?なんで警察の差し入れにひも付きのズボンとか禁止されてるかわかります?孤独に耐えられなくなって自殺することを防ぐためなんですよ?留置所とか本当にキツいんですよ?



(注意事項)
当職に前科・前歴はありません。誤解しないでください。



だからおれら(弁護人)がいるんだ。



絶対に一人にはさせちゃいけないんだ。

社会に必要無い人間なんていないんだ。

それは犯罪を行ったとしても,社会になんの還元もできない人なんていないんだ。

これはおれ個人の考え方なんだけど,本当にそうなんだ。

死刑が執行しない限り,必ず犯罪を行った人はその後社会に帰って来るんだ。

おれらはそういう人たちも含め,いろんな人たちとコミュニティーを形成しないと生きていけないんだ。

だったら。

社会に帰ってくるとき,一人でも,たった一人でも,それがビジネスで「弁護人」という立場だったとしても,親身になって話聞いてくれた人がいるのといないのとでは,その人のモチベーションが違うじゃないか。

ましてや,その人が犯罪を行っていない人だったら,絶対に一人にさせちゃいけないじゃないか。

おれらは寄り添って,身を呈して,その人をいろんなことから護るんだ。

「守」るじゃない,「護」んだ。この漢字が使われている意味は,ここにあるんだ。

「守」じゃない。もっと寄り添う,「看護」とか「護衛」とかに使われる「護」の字が使われている意味はここにあるんだ。

「護」の意味は自分で広辞苑ひいて調べるんだ。自分で調べる癖を高校生のときからつけておかないとろくな人間にならないから気をつけるんだ。

ひとりぼっちにさせないのがおれらの仕事だ。

でもその人は初めて会う他人だよ?どうやってそんな覚悟をするんだい?

そうだね。ここでようやくはじめの一文に戻るんだね。

初対面の人間を「護る」気持ちになるためにはコツがいるんだ。

なーに,簡単だ。それはね,



人間のことを好きになればいいんだ。


そう。


人を愛する気持ちを持てればいいんだ。


だから偉そうに言おう。

技術は知識も必要だ。だけどこれが無いと刑事弁護は始まらない。

刑事弁護でもっとも大事なものは「愛」だ。

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ちゃんと説明できてスッキリしました。

現在午前2時。寝ます。










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