2015年7月18日土曜日

休みの日に朝早く起きたから勉強してみた。

今日は小難しそうに見えるけど簡単な話をします。


憲法とは,社会において,誰が政治権力の担い手であるか,権力をどのように行使すべきか等,政治権力の基本的な在り方を定める法規範のことを言います(「広義の憲法」。)(「憲法Ⅰ第4版」有斐閣。以下「憲法Ⅰ」と省略。)。

これらの意味での憲法は,国家の根本秩序についてのルール作りに関わるものなので,逆に言えば,この広義の意味における憲法を持たぬ国家は,理論的に存在しないことになります。

ここで「広義の憲法」という言葉が出てきましたが,「憲法」という言葉は,法学上,色々な意味で使われることがあります。

例えば「成文憲法」と「不文憲法」という法形式の違いに着目した区分もあります。覚えなくていいけど。

イギリスは,日本の「憲法」と違い,不文の慣習法(≒暗黙の了解)を中心に根本秩序が形成されているという,ちょっと不思議な国もあります。

この「成文憲法」と「不文憲法」を区分する意味は,法形式の違いによって法(=憲法)の効力の強さに違いがあるべきであると考えられているからだそうです。(憲法Ⅰ参照)。




さてさて。



そんな憲法の分類(そもそも分類方法に争いもあるのだけど)の一つに,「立憲的意味の憲法」というものがあります。

先ほど申し上げた通り,(広義の)憲法は,「政治権力の基本的な在り方を定める法規範」でありますが,この意味に限って言えば,(広義の)憲法は,政治権力を如何様にも定めることができてしまうことになります。

ところが,歴史の話になってしまうのですが,もともと憲法が生まれた歴史には,絶対王政時代,国王の権力が無制限のものとなり,それに服従する国民は,無制約の権力という驚異にさらされ続けることになってしまいます。

そこで,(広義の)憲法の内容に一手間加えるわけです。

具体的には,「憲法」の意味を,「政治権力の基本的な在り方を定める法規範」から,「『権力の行使を憲法に基づかせた上で』政治権力の基本的な在り方を定める法規範」とします。

さらに具体的に言えば,①国民の自由権の保障を謳い,②権力の制限を可能とする統治機構(=権力分立)をその内容に加えるのです。

これが,一時期「そんな学説あるんですか」と,どこかの国の国会議員さんが言っていた,立憲的意味の憲法(立憲主義)というものです。

なお,立憲主義を表現したものの中で有名なものに,フランス人権宣言があります。

その第16条は,概ね次のように日本語に訳されています。

「権利の保障が定かではなく,権力分立も定められていないような社会は,いずれも憲法を持つとは言えない。」

ちなみに,これが謳われたフランス人権宣言は,1789年のものですが,仮にどこかの国の国会議員さんの言う通り,「立憲主義って学説ちゃうの?」ということになると,今の日本は1789年以前のフランスの統治状態ということになります。そうですね。ナポレオン出現以前の状態です。




さてさて。



また話は変わりますが,憲法は「最高法規」であると言われることがあります。

簡単に言ってしまえば,憲法はあらゆる法規範に比して最優先に適用されるということです。

なぜ憲法が最高法規足り得るかは,様々な側面から指摘されているところではありますが,簡単にいうと,「授権性(権力者の持っている権力というやつは,歴史的に,憲法に基づいてくれてやったものだから,その範囲を超えられないのは当然。)」,「硬性憲法性(憲法以外の法規に憲法改正権限を授権していないこと。)」,「基本価値秩序体現(人権とか高尚なこと規定しているから偉い。)」などと言った側面から説明されることが多いです。

ここで日本国憲法97条を見てみましょう。

   第十章 最高法規
第九十七条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第九十八条  この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
○2  日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

この最高法規を定めた第10章の構成解釈にもちょっとした議論のあるところですが,敢えて97条で「基本価値秩序体現」を述べてから,98条で最高法規性を謳っているため,憲法自体も自身の最高法規性の「根拠」を意識していたと言われることがあります(どうやら97条がこの位置に来たのはたまたまであったらしいですが,今ではその解釈が多数説っぽいです。すくなくとも,どっかの国の官房長官が「◯◯の著名な憲法学者も大勢いる」と発言したものよりも,著名な方が大勢そう言っていると考えられています。




さてさて。



よく,「違憲だ」「合憲だ」と言ったニュースが流れます。

「違憲」というのは,「憲法に違反している」という意味です。

「合憲」というのは,「憲法に違反していない」という意味です。

ここで問題となるのが,「違憲だ」「合憲だ」というのを,何を持って判断しているか,ということです。

これが今回,ブログを更新しようとした動機にもなっています。

まず,前提として,日本は立憲主義を採用しています。その根拠はあり過ぎて書ききれないので割愛しますし,たいていの人は義務教育で習っています。

次に,ある法律,または法案が「違憲」なのか「合憲」なのかを判断するには,当該法律または法案の「条文」と,憲法の「条文」を対比させる必要があります。

重要なことは,「条文」と「条文」の対比です。

先に述べたとおり,日本国憲法は「不文憲法≒暗黙の了解」ではなく,敢えて文字として明記する「成文憲法」の形式を採っています。

これは何の意味もなく成文憲法にしているわけではなく,「条文」と「条文」の対比をしやすくするため,また,一般に不文憲法よりも成文憲法の方が法的効力の強さが異なると考えられているからです。文字が存在している方がわかりやすい=権力を拘束しやすい=法的効力が強い,というイメージです。

実はこれは非常に難しいことで,と,言いますのも,条文というのはやたら難しい日本語を使っているんですよね。

そこで,大方の人が,
「条文」と「マスコミの言っていること」
「条文」と「政府答弁」
「条文」と「野党質問」
の対比で済ませてしまっていることが多いです。

しかも,それならまだましなんですけど,
「◯◯新聞の言っていること」と「◯◯新聞の言っていること」
「政府答弁」と「野党質問」
「政府答弁」と「学者が言っていること」
という,条文が全くでてこない思考回路を辿っていることが多いです。

これは,立憲主義を国民自ら放棄(権力者に丸投げ)したのと同義であると,私は思います。

特に絶対避けなければならないのは,比較対象に「政府答弁」を入れることです。

彼らは規制者ですから,我が国の統治機構の構造上,我々国民が監視しなければならない相手です。

彼らが悪者だと言っているのではありません。

人間は暴走する生き物なのです。彼らも暴走する生き物だという前提で接しなければなりません。

また,彼らが「今」そう言っていたとしても,次の内閣が同じように答弁するとは限りません。「条文」に不備があればあるほど,次の内閣,そしてその次の内閣の自由度が大きくなります。





さてさて。



先の国会において,安保法案が衆議院にて可決しました。

安保法案は関連法も含め,多岐に渡るので,このブログでその全てを見ることはいたしません。

一つだけ。この安保関連法案の肝でもある「国際平和共同対処自体に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律(以下「例の法案」)」は,違憲です。

政府答弁ではホルムズ海峡の例等を挙げ,この法案の必要性を述べていますが,ぼくはそんな政府答弁なんてあてにしていません。

我が国に成文憲法があり,実際に条文がある以上,条文と条文を比較すべきです。

「政府答弁=条文解釈」も,もちろん一つの参考にはなりますが,そもそも政府が本当にそう考えているのか,もっと言ってしまえばのちの内閣も同じような解釈をするのか,そのような解釈をできるのか,疑問が残ります。あくまで法案の「条文」を見なければなりません。

憲法9条にはこのように書いてあります。


第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

まず,9条は,「国際紛争を解決する手段としては,」「武力の行使」を放棄しています。これは誰がどう読んでもこうなっています。

ここで大事なのは,自衛隊の違憲性とか,砂川判決云々とか,この時点で持ち出さないことです。今問題としているのはあくまで例の法案の合憲性なので,自衛隊はひとまずおいておきましょう。そして,最高裁判決は,あくまで文言解釈の手助けをする役割を果たしているものなので,まずは条文と条文の文言の比較をすることが大事です。

次に,例の法案を見ます。

(武器の使用)
第十一条 (前略)協力支援活動としての自衛隊役務の提供の実施を命ぜられ,又は(中略)捜索救助活動の実施を命ぜられた自衛隊の部隊等の自衛官は,現場に所在する他の自衛隊員若しくはその職務を行うに伴い自己の管理の下に入った者の生命又は身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器(中略)を使用することができる。

第四項 第一項の規定による武器の使用に際しては,(刑法上の正当防衛,緊急避難)に該当する場合を除いては,人に危害を与えてはならない。

第五項 (前略)諸外国の軍隊等の要員がともに宿営する者に対する攻撃があった場合において(中略)武器の使用をすることができる。(後略)

いろいろなアプローチがあると思いますが,まずこの法律は,第11条を見ると,海外展開した自衛隊員が武器を携行していることがわかります。また,正当防衛等を前提としているとはいえ,自衛隊員の武器の使用も想定しています。

なお,この自衛隊員は,「協力支援活動」または「捜索救助活動」として海外に展開していることが前提となっていることもわかります。

これら「協力支援活動」または「捜索救助活動」は,第二条第三項により,

現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行なわれている現場では実施しないものとする。

という縛りがあるものの,第11条5項で攻撃を受けるような地域で自衛隊員が宿泊する可能性を示唆している以上,骨抜きの縛りになってしまっています。

そして,協力支援活動や捜索救助活動を含めた「対応措置」と呼ばれるものの発動条件です。

これは,まず,「国際平和共同対処事態」というものが存在しなければなりません。

第一条 この法律は,国際社会の平和及び安全を脅かす事態であって,その脅威を除去するために国際社会が国際連合憲章の目的に従い共同して対処する活動を行い,かつ,我が国が国際社会の一員としてこれに主体的かつ積極的に寄与する必要があるもの(以下「国際平和共同対処事態)(後略)

内閣総理大臣は,国際平和共同対処事態が生じた場合,対応措置のいずれかを実施することが必要であると認める場合には,閣議決定を行い,「基本計画」を定め,当該「基本計画」に従い,対応措置が実施されます(第四条)。

その「基本計画」において,自衛隊員が展開する=対応措置が発動するわけですが,この基本計画には,次の事項を定めます(第四条第二項)。
一 国際平和共同対処事態に関する次に掲げる事項
 イ 事態の経緯並びに国際社会の平和及び安全に与える影響
 ロ 国際社会の取組の状況
 ハ 我が国が対応措置を実施することが必要であると認められる理由
(以下省略)



さて。ここまで条文を読んだので,例の法案における「対応措置」に対するぼくなりの理解を箇条書きします。


  • 対応措置の発動は「国際平和共同対処事態」と「我が国が対応措置を実施することが必要であると認められる理由」が求められるが,「我が国が対応措置を実施する」必要性とは,条文上,我が国への武力威嚇等が必ずしも必要なのではなく,時の内閣総理大臣の裁量の幅が非常に大きいこと。
  • 対応措置の発動により展開される自衛隊員は,基本的には武力の威嚇や行使を条文上禁止されており,戦闘区域に配置されないような記載もあるが,武力攻撃を受ける可能性のある場所における宿営を想定されており,文言解釈上,展開区域に制限がないこと。
  • 上記は,日本国憲法第9条第1項記載の「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」に反する立法であること。
  • 従って,例の法案は違憲であること。

となりました。

もちろん,これはぼくが今ざっと条文を読んだだけの完全なる私見ですので,鵜呑みにしないでください。

本投稿の意図は,報道や他人の解釈に身を委ねるのではなく,どの人も(国会議員さんもそうだし,我々国民もそうだし。)第一次情報たる条文にあたって議論すべきだと思ったからです。

久しぶりに長い文章を書いて疲れました。

寝ます。



(今日の一言)

政府の言ってる「存立危機事態」ってどこに書いてあるの?


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