2016年3月11日金曜日

備忘録

【朝】

今日は嫁の誕生日だ。
毎年プレゼントを選ぶのがめんどくさい。
誕生日にプレゼントをあげるという風習は,どのような理論構成で成り立っているのだろう。
まぁいい。今年も花束あげておけば単純に喜ぶだろう。
ちょろいもんだ。


【昼過ぎ】

午後の横須賀支部の期日に向かう。
車で向かうから少し早めに出ようと思ったが,予期せぬ電話応対で予定より出発時刻が遅れる。
まぁいい。いつも余裕を持って出ているので,この時間でも十分間に合う。
ていうか横須賀遠いな。


【高速入り口前】

赤信号停車中,自動車が横ズレするようにぶれる。
何が起きたか分からなかった。
後ろの車から当てられたのか?いや,ルームミラーを見る限り,後続車にそのような様子はない。
正面の信号と正対した状態で停止していたのに,左斜め45度くらいに車が傾いている。
その信号機を見ると,信号機が根本から折れそうなぐらいブルンブルン揺れていた。

地震が起きた,ということに気がつくまでにしばらくかかった。


【ベイブリッジ】

高速が混んでいる。
なんだこれは。事故か?さっきの地震か?
そう思ったら,第二波が来た。
橋の上にいるせいか,揺れ方はさっきの比じゃない。
周囲の車も全車緊急停止。
何が起こっているのか情報がまったくない。
ここでようやくカーナビにテレビもついていることを思い出す。
テレビをつけたら建物から煙が上がっている映像が流れていた。
「東京?」
この映像は東京の映像らしい。
震度とマグニチュードが発表される。

このとき,ようやくことの重大さに気がつく。


【一般道へ】

阪神大震災が頭をよぎる。あのときは,高速道路がなぎ倒されていた。
最寄りの高速出口でとりあえず一般道へ降りる。

ハンズフリーで,事務所,事務員,弁護士,全員に電話をかけるも,回線がパンクしていて繋がらない。
メールもダメ。auのサーバー死んでしまっていた。
事務所がどうなっているのかがとにかく心配。
自分の担当事務員に,「とにかく帰れ。安全なところにいろ。仕事どうでもいい。」とメール。うまくサーバーから送信され,このメールを見てくれることを祈る。
ところが,他の事務員の一人がマイナーなキャリアメールを使っていて,その回線は生きていたらしく,若干のタイムラグはあったが返事が来た。
どうやら事務所のボスが全員を退避させ,一時的に1階の飲食店に全員を退避させているらしい。そして,弁護士総動員で,順次,事務員を帰宅させるよう指示しているとのこと。
さすがおれのボスだ。どうやら第一派と第二派の間に全員を安全と思われる場所に退避させていた。とりあえずおれの事務員の無事も確認。はよ帰れと伝えてもらう。変に忠誠心が高いから,言わないと帰らなそうで怖かった。

さぁ,おれはどうすべきか。


【横須賀へ】

カーナビに流れる映像は,同じ映像を繰り返し流すだけで,全容が分からない。
横須賀支部に電話をかけるも,どの係にも繋がらない。
横須賀がどうなっているか分からない。
不思議と迷わなかった。

「よし。横須賀行くか。」

今考えれば愚かな判断であった。
ただそのときはまったく迷わなかった。
期日が延期になっていない可能性はゼロではない。
それならば,代理人は,最善を尽くすべきだ。遅刻しようが何が起ころうが,期日があるなら出る。
それが正しいことだと思った。

一般道はとても混んでいて,まったく車が進まなかった。
テレビからの報道内容も徐々に増えてきて,だんだん現状がわかってきた。
気仙沼が火の海になっている映像を見たとき,わけの分からない感情が湧きだし,車のダッシュボードを思いっきり叩いたことは覚えている。

横須賀支部に着いたのは午後7時過ぎ。
当然庁舎は真っ暗で,人っこ一人いなかった。
一応現場まで来たことを証明するための写真を撮り,すぐに移動することに。
津波の心配があるから,海から離れろという報道もあったし。


【家族】

ここで初めて家族の安否を思いだす。
しまったおれには家族がいた。

嫁→無事。当時の職場があった新宿付近で同僚の方々と避難中。
母親→無事。横浜市内の自宅で立てこもり中。
父親→不明。ただ,毎年富士山登頂する等,サバイバル能力に長けているため,家族からあまり心配されていなかった(後日,会社で一夜を過ごしていたことが発覚)。
義父母→どうやら無事。詳細は不明だが無事。

当然だが,相手からの反応もあり。

嫁→どうやって避難するか不確定。
母親→あんたなんで横須賀行ってるの馬鹿じゃないの。
義父母→仕事やってる場合じゃないでしょなにやってるの。

なるほどどうやらおれの想像している以上におれは阿呆らしい。

全員の現状を把握できたので,これからの行動を考える。
現状一番不確定な状態にいるのは嫁と判断。
「どれぐらい時間かかるか分からんが,今から新宿に向かう。但し,安全な場所への移動または帰宅が可能であるならば,おれへの連絡なしにそちらに移動しろ。おれは車の中で睡眠もとれるから。」と指示。
横須賀から一路,新宿へ。


【新宿へ】

高速は使えないので,一般道ルートでナビを設定。
その日買ったばかりのデフテックのCDをかけながら今後のことを考える。
残りのガソリンから,あとどれぐらいの距離を走れるか,頭の中で計算。
新宿経由で帰宅しても,おそらく十分にガスはある。
焦る要素はない。と言い聞かせる。

東京に入ると,ものすごい渋滞。
それ以上に,ものすごい歩行者。
おそらく徒歩での帰宅を試みているのだろう。

携帯の電池が切れかけていることに気がつく。
近くのコンビニに入り,充電器を購入。
ものすごい混雑しているのに,レジのお兄さんが「水は大丈夫ですか?」と聞いてくる。
「車なんです。途中でトイレ行きたくなったら困るから,水は大丈夫です。ありがとう。」
「どこまで行くんです?」
「新宿です。」
「それなら,ペットボトル一本でも持って行った方がいいです。ものすごい勢いで売れているので,そのうち他の店でもなくなります。これ,袋の中に入れておきますから。」

お兄さんはただでペットボトルのお茶をおれに進呈しようとする。

「いや,それなら買うよ。」
「手持ちの現金はまだ大丈夫ですか?たぶん,ATMもそのうち稼働しなくなるかもしれません。」
「大丈夫。まだ全然ある。そっち(レジ内)は小銭ある?これ,バラバラで申し訳ないけど,補充しておいて。あとで帳尻合わなくなるかもしれないけど。」
「大丈夫ですよ,お客さん。」
「いいから。置いていくね。『お釣りはいらないよ』ってやつだよ(笑)」
「ふふふ(笑)お気をつけて。」

都内の渋滞は相変わらずだった。
でも,クラクションを鳴らす車はほとんどいなかった。
クラクションを鳴らす車は,短く「プッ」と鳴らす。
車を運転する人ならわかる。「道を譲ってくれてありがとう。」のサインだ。
誰も,早く進めよとか,怒鳴る人も鳴らす人もいなかった。

多くの緊急車両が通ってきた。
クラクションがない代わりに,サイレンの音はやけに響く。
片側三車線の道路は車で埋め尽くされていて,緊急車両の通る隙間なんてない。
でもきっと,こんな状態で車を走らせようとするドライバーは,それなりの熟練ドライバーなのだろう。
パズルみたいに車両と車両の隙間に車両を入れさせる。車線なんて無視だ。ようやく車一台通れるスペースを見事に生み出し,緊急車両を通した後はまた元どおり片側三車線に車がびっちり埋まる。何年も一緒に練習してきたチームメイトみたいに,息があっていた。おれもそのパズルのひとつ。
過ぎ去っていく緊急車両から,「ご協力感謝します!」とスピーカーから声が。
「みなさん運転気をつけてください!」といつもにはない一言を加える緊急車両も。

お前が気を付けろ。

新宿で嫁をピックアップ。帰れない嫁の同僚の方もいたので,「うちに来てください。」と勧める。
午前2時。


【帰宅】

事務所を出てから約12時間後,帰宅。
その間ずっと運転していたので少し疲れた。

おれが一番最初にシャワーを浴び,嫁と同僚の方は後からゆっくり休んでもらうことに。
シャワーを浴びてすぐ,テレビをつけて,現状を確認する。
これから起こることを予測,計算,予測,計算。
手帳を開き,事件の進捗状況,裁判の期日等を確認,計算,確認,計算。
おそらく,対応できる。
そこからの記憶はなし。

【朝】

近くのコンビニは閉まっていて,少し遠くのコンビニに行く。良かった。空いていた。
水や食料を少しだけ買う。うちは二人暮らしだから,そんなに量はいらないはず。
必要な人が,必要な分だけ買えばいい。そう願う。

またレジのお兄さんに声をかけられる。
「これだけでいいんですか?みなさんもっと買っていかれますよ。」
みんな良い人。
「大丈夫です。備蓄しているのもあるし,当面これで大丈夫です。」
「そのうち販売個数に制限がかかると思います。」
「そうだろうね。あ,こんなときだけど,キャスター3ミリボックスってまだある?」
「えーと,あ,裏の在庫見てきますね。」
朝っぱらから働くコンビニ店員の鑑。
「カートン(10箱セット)でありました。何個いります?」
「2個ちょうだい。」
「じゃあカートンごともってってください。お代は2個分でいいです。」
「それダメでしょ。」
「残りはぼくが払っておきます。不正じゃないし。」
「ダメだよ。払ってもらう意味が分からない。」
「お客さん,ミランファンなんですよね?」
「あぁ,寝巻きのままきたからね。確かにこれはACミランのユニフォームだね。」
「昨日から,なんかお客さんみんな良い人なんですよ。みんなうちの店のこと気遣ってくれて。」
「そうなんだ。」
「ぼくも,ミランファンで,キャスター吸うんです(笑)」
「へー。」
「だからぼくも,お客さんに,なんかしたくて。」

これはぼくとお兄さんだけの秘密。


【事務所へ】

事務所へ。
棚が倒れ,めちゃくちゃになっていた。
ここに人がいたのかと思い,ぞっとする。
サーバーは問題なく動いていることを確認。
所属弁護士に,「緊急の用件がない限り,今日は事務所に出ない方がいい。危ない。」とメール。
そのまま帰宅。

嫁に言った。
「初めて誕生日プレゼントを渡せなかったね。」


【今】

政権が自民党に戻り,震災「前」の状態に戻そうとみんな頑張っている。

だけど思う。

震災「前」の状態に戻してどうするの?と。
原発とかね。
おれは難しいことは分からないけども。
震災「前」に戻したら,もう一度同じことは起こるのではないのか,と。
震災「前」ではなく,震災の「先」を目指すことが大事なのではないかと。

今日は日本のみんなが黙祷している。
おれも黙祷しよう。
でもおれにできることなんて限られている。
被災者みんなをおれは救えない。
おれはおれにできることしかできない。

だからとりあえず,おれは今日を笑って過ごす。
だって今日は嫁の誕生日だから。
日本中がどんよりしていようが,おれだけは嫁を笑わせなきゃいけない。
そうしたら,きっと世界は変わる。


だから私はピアスを買う。今年は嫁の希望通りの商品を贈呈する。

「プレゼント用の有料ラッピングはいかがいたしますか?」
「無料の方でいいです。」

即答してやった。


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