2017年3月24日金曜日

忘れ難き日

パパになりました。渡部です。




1月某日。横浜市内の区役所で法律相談を行なっていました。

16時頃,予定通り相談業務を終え,携帯電話を見ると,妻からLINEが。


「陣痛始まった。入院になった。」


なるほどそう言えば妻は妊娠していて里帰りしていた。そうか,そろそろ生まれるのか。

そう黄昏ながら書類の後始末をしていたら,役所の人(女性)が部屋に入ってきて談笑が始まりました。

ぼく「つかぬ事をお伺いしますが,お子様はいらっしゃいますか?」

役所「いますけど?」

ぼく「おいくつですか?」

役所「もう◯◯歳になりますけど。」

ぼく「陣痛とかありましたか?」

役所「ありましたよ。(中略)ところでなんでそんなこと聞くんですか?」

ぼく「いや,今,妻から陣痛始まったって聞いたから,いつ生まれるのかなって。」

役所「病院どこですか。」

ぼく「横浜市内。」

役所「先生こんなところで何してるんですか(怒)書類の後始末なんて私たちでやっているから今すぐ病院に行ってあげてください(怒)ほら駐車券ここに忘れてる(怒)まごまごしない(怒)」


割と本気で怒られたので,妻に「分かった!今すぐ行くよ!」とそれっぽくLINEを送りました。区役所の方々,その節はありがとうございます。



車で向かっていたら,妻からLINEがきました。

「急に入院になっちゃったからコンタクトの液がない。悪いけど,私の実家に寄ってコンタクトの液をお母さんから預かってきてくれないか。」

なるほどまだLINEをする余裕があるのだなと確認し,病院に行く前に妻の実家に寄ることに。

お義母さんが慌てて家から出てきました。

義母「私も行きたいけど私は規則上面会できないみたいなの!源ちゃんよろしくね!お願いね!」

ぼく「任せてください!」

一応頼り甲斐がある風に見せた方が今後のウケもいいだろうと判断し,威勢良く返事をし,お義母さんから渡されたコンビニ袋を受けとり,すぐさま病院へ急行しました。

信号待ちの際,ふと気になってコンビニ袋を見てみたら,中身はみかんが10個ぐらい入っていました。おかしい,おれはコンタクトの液を受け取らなければならないはずなのにこの袋にはみかんしか入っていない。


信号が青になったので,「まぁいいか。」と切り替えました。





病院に着いたら妻がベッドで横たわっていました。

陣痛がかなり痛いらしく,腰のあたりをマッサージしてあげました。

みかんは食べませんでした。

病院の人からは,「旦那さん!奥さんに声かけをしてあげて!それで全然違うから!」と言われたので,とりあえずマッサージをしながら声で励ますことにしました。

しかし如何せん「陣痛」というものを経験したこともすることもできないこの私。どう励ませばいいのかさっぱりわかりません。とりあえずそれっぽいことを言っておけばいいだろうと思い声かけを始めたら,だんだん楽しくなってきました。

「息は大きく吐くんだ!そうすれば吸える!」
「いいよー!いいよ=!酸素が体中を駆け巡ってるよ=!」
「うまいねー!最高の呼吸法だよ!才能あるよ!」
「過去のことを考えちゃダメ!心が沈むからね!未来のことも考えちゃダメ!不安になるからね!今のことだけを考える!一つのところに命をかける!」
「大丈夫大丈夫絶対できる絶対できるなんでそこで諦めるんだ頑張れ頑張れできるできる北京だって頑張ってるんだから!


わかる人にしかわからないと思いますが,途中から松岡修造さんごっごしてました。



「分娩室」とやらに移動させられた妻の激痛は増す一方で,深夜0時を回ってもまだ医者からゴーサインが出ません。

「無痛分娩・・・に・・・すれ・・・ばよかった・・・。」
僕「そうだね。そうだね。今からできないのかね。」
「でき・・・ない・・・。」
僕「そうだね。そうだね。仕方ないよね。」
「無痛分娩・・・高い・・・のよね・・・。」
僕「そうだね。そうだね。ちなみにおいくら万円?」
・・・・・・・・・(頭の中で計算して)私,頑張る!


さすがおれが妻に選んだ女だと思いました。



朦朧としてきた頭の中でふと疑問がよぎりました。果たしてぼくはいつまで付き添っていればいいのか?

実は病院から,事前に「立会出産を希望されますか?」と聞かれたのですが,「いや,いいです。」と答えていたのです。

僕「だって裁判の期日とかと被ったら絶対そっちを優先するじゃん。」
「そうね。」

この判断に関しては,ぼくの周りの女性陣・男性陣含め全員から「立ち会うべきだ」という強い意見を賜ったのですが,安易に病院に答えてしまったため,立会い出産に必須の事前講座を受けていなかったのです(重要)。

ということで,ぼくは立ち会えないのでどこかのタイミングで捌けることになります。

ただ時刻は深夜2時を回っており,巡回の看護師さん以外周りに人はいない。

無駄に広くて設備が整っている分娩室。

途切れたiPadの充電。

苦しみのたうちまわる妻。

眠たくなってきた僕。

睡魔と痛みに苦しむ妻。

変わらず松岡修造さんばりの声かけとマッサージをする僕。

僕の声だけめっちゃ響く廊下。

暗い室内。

眠たくなってきた僕。

深夜3時を指す時計。

眠たいしタバコも吸いたい僕。

ナースコールを押す僕。

駆けつける助産師さん。

どうしましたと言う助産師さん。


僕「もう生んでもいいでしょう。」(原文ママ)



僕はもちろんですが,何より妻が殺気に近い何かを発していたため,助産師さんがドクターを呼んでくれて診察。

助産師「それでは旦那さんは外の廊下でお待ちください。」



まだ解放されないのかおれ(正直な気持ち)


一応外の廊下の椅子に座って待っていたんですけど,なんていうんですかね,分娩室の扉は開いていて,カーテンのみで仕切られていて,そのすぐ横にぼくが座っているわけですよ。

妻の悲鳴やらドクター達の会話とか丸聞こえなんですよ。でもカーテンあるから視覚は閉ざされているわけですね。

まさに生殺し状態(まだ妻のそばで応援していた方が気が楽。)。


結局3時半過ぎに「オギャー!」という声が聞こえ,4時半ぐらいに赤ちゃんと対面しました。



後で妻が病院から聞いたところによると,本来,出産の際には分娩室のドアは閉めることになっているのですが,

「旦那さんがあんなに頑張ってくれていたので」

と配慮してくれて,ドアを開けて産声を聞かせようとしてくれたようです。

そうです。「頑張れ頑張れできるできる北京だって頑張ってるんだから」と6時間ぶっ通しで松岡修造さんごっこをしていた様子が,どうやら病院サイドには「一生懸命な旦那さん」と誤認したようで,そうしてくれたみたいです。ありがとうございます。



分娩室に入った際のやり取りは以下の通りです。

僕「よく頑張った!よく頑張った!」
「ありがとう。源ちゃんありがとうねー。」
僕「本当によく頑張った!初めて手放しで褒めよう!よく頑張った!」
「ありがとう。ありがとう。本当にありがとう。」
僕「本当に頑張り屋さんだあんたは!えらい!よく頑張った!」
「ところで赤ちゃん見てあげて。」
僕「あ,忘れてた。どこ?」
「そこ。」
僕「うお,なんだこいつ。」



(余談)

僕「もう朝の5時か・・・」
「疲れたね。」
僕「ちょっと・・・席を外していいか・・・?」
「え,(もう赤ちゃん生まれたし)全然良いよ。どうしたの?」
僕「タバコが吸いたいです。」
「いってらっしゃい(笑顔)」

(10分後)

僕「おれは絶対にタバコやめられないわ,すごいうまかった,副流煙には気をつけますので何卒今後ともご容赦ください。」


「はい。」